2018年11月19日

「現代人を苛む「自由」の強迫観念は、カントの「自律」の呪縛から生じている。」というイスラム学のブログから

今回は、今の行き詰まった社会の先行きを考える上で、参考になるなあと思ったブログ記事から引用させていただきました。イスラム教徒でイスラム法学者であられるハサン中田考氏によるものです。
90年代初頭の湾岸戦争の時に、雑誌上でお見かけして以来ずっと気になる存在の方だったのですが、下記のブログ記事の内容を最近拝見し、なるほどなあという刺激を受けました。
書かれたのは8年前の2010年ですが、イスラーム学という、我々が慣れ親しんだものとは別の視点から眺めることで、我々の立ち位置がハッキリするいうのか。特に「社会契約論の前提とするような自然状態は実在しない虚構に過ぎない」という部分が成る程なあという。経済学に対する批判の中でも問題となる、理論の前提条件の無理くりさというのが、経済学以前の社会構造を規定するところから既に存在してるらしい。

で、詳しい内容はというと…、以下になります。


「人間とは社会的動物である」というテーゼを意識化して自分自身を考えると、確かに下記の引用文のようになるわな。複数の自我(人間)が協働する場としての社会と、その中での他者との関係性というのが、自我(人間)を考える上でアプリオリな土台になるというのか。
特に近代以降に欧米文化の中で当然視されている、自我(人間)が「他者から切り離された個」という有り様が、かなり無理した前提ってことだわな。

そのような自我についての一種の誤解が、この500年人類が獲得してきた物質的豊かさに寄与した面は否定できないし、大きな犠牲も払いつつも人類史を前進させた大きな力にはなったけど、その役目はそろそろ終わりってことなんだろうな。
そのことがイスラムの哲学を通じてあぶり出されているというのか。

以下、イスラーム革命の本質と目的 بسم الله الرحمن الرحيم
『イスラーム革命の本質と目的 − 大地の解放のカリフ制』
より
(引用開始)
現代人を苛む「自由」の強迫観念は、カントの「自律」の呪縛から生じている。
他人のみならず、自分自身の身体性にも拘束されないような意思の存在、その意思の主となること、それが「自律」であり、そうした自律を成し遂げることができる者だけが、成熟した理性を備えた人間である。このカントの人間観こそが、啓蒙主義の行き着いた先であり、その中に近代人の宿痾である「自由」の強迫観念の結晶化した姿を見て取ることができる。
こうした「自由」、「自律」の呪縛から、「誰もが自律し、自由であるような政治空間」への強迫的執着が生ずる。このカントの呪縛のおかげで、「自らの意思によって締結した契約の自己遵守」という素朴な社会契約論は、「無知のヴェール」による民主主義の正当化という現実から目を逸らすロールズの居直り、ネグリ=ハートの「全員による全員の統治」といった妄想のように様々な形に姿を変えて今日まで生き延びてきた。我々は世界と、そして自分自身と正しく向き合うために、まずこのカントの呪縛から解放されなくてはならない。
(中略)
我々は、生まれる時も、生まれる場所も、親も性別も、何一つ選ぶことのできないまま、世界の中に産み落とされ、社会の中で育てられていく中で、それぞれ別個の人間になっていく。「自由」も「自律」もそうした事実を捨象した虚空にのみ生ずる幻影に過ぎない。
 社会契約論の前提とするような自然状態は実在しない虚構に過ぎないが、仮にそのような社会契約が実際に締結されたとしても、そうして成立した国家における政治を自由な個人の自発的な合意による自律と呼びうるのは、せいぜいその第一世代のみであり、次の世代にとっては、国家はそこに産み落とされ、いやおうなくその中で生きなければならない所与の支配の現実となる。
(引用以上)

(引用開始)
ギリシャ政治学の伝統を継承したイスラーム学は、「人間は集まって協働し、助け合うことなくしては、生活必需品を手に入れ、外敵から身を守ることのできない存在である」、と教える。社会の中で始めて人間は人間として生存することができるのであり、そこには協働を成り立たせ社会を律する命令・禁止の支配関係が不可欠なのである。
人間が孤立して生きることが出来ない以上、自律・自立した個人が自発的に集まって自由な契約を結ぶことで社会を作るのではなく、社会が個人に先立って存在しなくてはならない。
我々の個人の人生を振り返っても、記憶の中には、既に食べる物、着る物、眠る場所を与えられ、人々の話す言葉を話し、社会の中に投げ入れられていた自分しか見出すことが出来ない。社会、社会のルールと秩序は、我々の全てに先立って存在していた。同じように人類の歴史をどこまで遡ろうと、社会を意のままに創設した自由な個人たちを見出すことは出来ない。
(引用以上)

文末にはこんなことも↓
(引用開始)
また文化の領域においても先端を行くアメリカのヒップホップ・グループSoldiers of Allah(解散)、イギリスのBlackstoneなども解放党のメッセージを伝えていると言われている。 『カリフ国家の諸制度』の増補版(2005年)では、カリフ国家の国歌制定の合法性が論じられている。解放党がカリフ国家の再興に成功した暁には、我々はヒップホップの国歌が新生カリフ国で斉唱されるのを耳にすることができるかもしれない。
(引用以上)
posted by ハギー at 18:48| Comment(0) | いろいろ感想文
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